1 : 2026/06/24(水) 09:28:02.85 ID:qoCEPv3z0
■徳川幕府確立の最大の功労者
戦国乱世を終息させ、徳川幕府による260年余の太平の世、平和な時代を築いた英雄・徳川家康の腹心が本多正信である。
「人となり深沈膽略(しんちんたんりゃく)(落ちついて動じず大胆で知略がある様子)あり。明察果断(はっきりと事態を見抜き、思い切った決断ができるさま)一時比なし」(『名将言行録』)と評された。
徳川幕府確立の最大の功労者と評価して良いだろう。しかし、『徳川実記(じっき)』や『三河物語』などによれば、その評判はあまり良くない。
特に、徳川家の武功派(武断派)の家臣達からは嫌われ、佞臣(ねいしん)、奸臣呼ばわりされたようだ。権力闘争をするライバルや敵対する側からは悪く、
時には極悪非道のようにいわれるのは世の通例ではあるが、それは文治派の優れた吏僚(りりょう)(役人)、行政官僚ゆえの一つの宿命といえる。
現代でいえば、現場のたたき上げの営業の幹部たちが、現場の苦労を知らない管理部門の経営企画や総務、経理の幹部を非難するのに少し似ているのではないだろうか。
同族で徳川四天王の一人である本多(ほんだ)忠勝(ただかつ)からは「佐渡の腰抜け」(正信の官命が佐渡守(さどのかみ)であることから)、「同じ本多一族でもあやつとは全く無関係である」と散々な言われ方をしている。
■家康に「友」と呼ばれた唯一の家臣
また、忠勝と仲の良かった同じく徳川四天王の榊原(さかきばら)康政(やすまさ)からは「腸の腐った奴」と酷評されたといわれている。
確かにそのようにいわれても仕方ない側面もあったのかもしれないが、家康からは兄弟のように信頼されていて、いささかもその信頼が揺らぐことはなかった。いつの時期からかは明確に特定できないが、
ある時期から、家康に「友」と呼ばれる唯一の家臣だったともいう。家康と正信の間柄は「君臣(くんしん)の間、相遭(あいあ)ふこと水魚の如し」ともいわれた。
『名将言行録』などによれば、家康の寝室に帯刀したままでの出入りが許されていたともいう。それは通常ありえないことなので、その信頼のほどがしれよう。地位的には、徳川幕府の年寄(老中)、
後には、大老格の年寄にのぼったという。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c5ed21de75c007db35bc65928997fb2e525c68a7
2 : 2026/06/24(水) 09:33:08.63 ID:QlmDOAYu0
と 文武のどちらでも役に立たないボンクラが申しております
11 : 2026/06/24(水) 10:02:52.39 ID:+Oj1b1dL0
>>2
そんなことどうでも良いから働け
4 : 2026/06/24(水) 09:41:09.78 ID:nmra9Jnz0
武力による統治は、秩序を確立するための序曲に過ぎない。天下が定まった瞬間、真の支配権は刀を振るう者から、筆を操る者へと静かに移り変わる。英雄たちが築いた礎の上で、目に見えぬ法と仕組みを構築する事務官僚こそが、次なる時代の真の支配者として君臨するのだ。
なぜなら、武功を立てる武士の存在は、常に予測不能な変数であり、完成された体制にとっては潜在的な脅威となる。戦乱の時代には個人の武勇が決定的な力を持つが、安定した統治には、計算可能で制御可能な官僚機構が不可欠である。本多正信のような知略家が、武勇に優れた一族から忌み嫌われながらも家康の懐に入り込んだのは、必然のプロセスである。権力の核心は、血なまぐさい戦場から、帳簿と法規が支配する書斎へと移行した。武功派の派手な活躍は、体制を確立するための「使い捨ての力」であり、その役割を終えた者は、静かに、かつ冷徹に、事務官の管理下に置かれる運命にあるのだ。
5 : 2026/06/24(水) 09:41:37.44 ID:nmra9Jnz0
これから、戦乱の火種が消えた後の世界では、剣の力よりも筆の力が支配する時代へと移行していく。本多正信のような知略に長けた行政官が権力を握ることで、かつての英雄たちが次々と政治の表舞台から退場させられていくのだ。次に来るのは、武功を上げた者たちの不満が爆発し、体制を揺るがす権力闘争が激化する展開だろう。しかし、これは単なる世代交代ではない。実は、家康自身が正信を使い、旧来の武力派を巧妙に排除して、自らの支配を盤石にするための「官僚化計画」を裏で進めていたのではないか。正信は単なる忠臣ではなく、新たな統治システムを構築するための設計者だったのである。
6 : 2026/06/24(水) 09:46:57.47 ID:pJ47Dz1W0
加藤清正、福島正則、黒田長政、池田輝政、細川忠興、浅野幸長なんかは行政官としても割と優秀だったと聞くが。
7 : 2026/06/24(水) 09:49:27.21 ID:vhDe3Vcy0
世話になった大久保党を失脚させたのがな
8 : 2026/06/24(水) 09:50:06.86 ID:MwCclg+C0
家康に与した武断派はアホ
きっちりけずられてる
9 : 2026/06/24(水) 09:51:26.08 ID:MCCvpHW00
息子は吊り天井
10 : 2026/06/24(水) 09:59:36.18 ID:MnXaS93n0
出世するのは男色の肉体関係だよ
井伊とか堀田
12 : 2026/06/24(水) 10:07:20.52 ID:eIDHfb980
平定までにそこそこ名を上げたら満足する
あぶない橋は渡らぬ
13 : 2026/06/24(水) 10:14:53.83 ID:wxcyfJJP0
三河一向一揆の時に家康と敵対してるから、才能は認めながら心底信じてはいなかったとか聞いた
15 : 2026/06/24(水) 10:27:02.76 ID:JHb2kNHw0
城持ちなら領土統治もせにゃならんしな
さすがに無能じゃ務まらん
16 : 2026/06/24(水) 10:33:45.64 ID:toNPNjQX0
服部半蔵が評価されたから半蔵門がある
17 : 2026/06/24(水) 10:35:38.60 ID:toNPNjQX0
参勤交代があったのは反乱させないために体力削るため
18 : 2026/06/24(水) 10:38:04.20 ID:J17oBrE/0
鷹匠の記載があったが
史実なのか?
聞いたことがない
20 : 2026/06/24(水) 10:59:46.59 ID:P9bzyauV0
どうせHONDAの話だろ
21 : 2026/06/24(水) 11:05:47.62 ID:gf7ofPCF0
いい話がたくさん残っている人物はそれだけ死後の評判を気にしていたということ
22 : 2026/06/24(水) 11:14:42.15 ID:YuailiNY0
邪魔とかムカつく相手をダイレクトアタックが出来た戦国時代
今は言動含めて聖人ムーブしないと叩かれるんだから酷い時代だ
24 : 2026/06/24(水) 11:18:43.31 ID:ZjH589Ez0
平世の能臣、乱世の奸雄
25 : 2026/06/24(水) 12:00:50.18 ID:MnXaS93n0
平時の小渕 乱世の小沢
28 : 2026/06/24(水) 12:28:01.07 ID:Nw37g+I70
定まったくらいのときに失脚させられた荀彧がその後も曹操とうまくやってたら、三国志のその後の歴史も違ったものになったのかな
30 : 2026/06/24(水) 12:48:35.01 ID:bKhetYq40
戦国時代の武将って基本的に軍閥の長みたいなもんだから行政能力ないとやってられんぞ
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